表現への決意

 

表現することに強いあこがれを感じていた。絵を描いたり,詩を書いたり,評論してみたり…

 

大人になるにつれ,表現する自分が怖くなっていった。

 

ネットに晒せば叩かれるかもしれない。

下手くそだ,と馬鹿にするやつもいるだろう。

 

恐怖を感じて,創造意欲を押さえつけてきた。

 

でも,そんなことを続けているうちに,表現する力が失われていることに気がついた。

 

もはや,何かを作る,新しく始める,

そういうことを面倒に思うようになっている自分がいる。

 

いま,ぼくは地方国立大の文系学生だ。

ちゃんと勉強していれば,一般企業のサラリーマンみたいなそれなりに安定した職には就けるかもしれない。

 

それこそ表現力を失ったぼくのような人間が行き着く終着点だろう。

 

自分で生み出せないから,どこかに使われて,言われたことをこなす。

 

(偏見かもしれない。サラリーマンの皆さんには申し訳ない。偏見を改めてくれるような教えを説いてくれる方がいたらぜひお話させてほしい。)

 

そんなことを考えているうちに,

 

ぼくは操り人形にはなりたくない。

周りと同じように就職活動はしたくない。

自分の欲望の為にリスクをとりたい。

 

 

そんな願望が湧き出てきた。

 

 

表現して飯を食いたい。

 

 

これがぼくの夢だ。

 

絶対にこれを実現させたい。

 

表現することでぼくのフラストレーションは昇華される。

 

 

当たり前だが豊かな表現力が必要だ。まずは何かをどんどんアウトプットしていかないといけない。

 

毎日ネットに作品をアップしよう。色々なところに行こう。なんでも挑戦しよう。

  

ぼくは表現の翼を失ってしまったけど,いまならまだ間に合うかもしれない。周りを恐れている場合じゃない。表現のプロペラでもなんでも開発して空に飛ぶしかない。